天狗も乾癬だったのでは??

真っ赤な顔で、大きな鼻の天狗と呼ばれるのは、
猿田の彦だというのだ。

大昔に、あり得ないことだと思うだろうが、かなり外人が日
本に来ているのだ。
黒人や白人、口から火を吐く人などの記録がある。
おそらく漂着民かも知れない。

そんな一人の赤ら顔の西洋人かアラブ人かユダヤ人が
(最も西洋なんて知らなかった時代だが)やっと上陸して、
村人を見つけては
「サルー。サルー」
っと声をかけたに違いないのだ。
サルーとはやあこんにちはー。と言ういみだからだ。

今でも、フランスではこのサルーが使われている。

当時の村人になってみよう。
な、なんだと〜〜
サルーだとよ。
あ、そうかあいつは猿だと言っているのかい。
さるだよ、さるだ(猿田)よ、
猿田彦(彦=人=男)だよ。
そこでみんなして、猿田の彦と呼んだに違いない。
男度胸なら5尺の身体と後に唱われたほど小さかった日本
人からすれば、雲つくような外人は、相当な大男に見えたの
だろう。
猿田、猿山さんなど猿の字の着く名字の人はきっとそちらのDNAを受け継いでいるかも
知れません。猿山さんというジプシーに似た女性がニースの私の家に来たことがありま
すから。

又此の男が木靴を履いていたとしたらどうだ。

オランダや北欧には、汚い泥だらけの道を歩くのに高足駄
や一本足の高足駄風の木靴が有ったからだよ。

わらじしか無いような日本人からすれば、吃驚の履き物だ。
今、描き残されている天狗の図は、一本足高足駄を吐いて
いるのがその証拠だよ。

そして、北系の白人に多いのが乾癬だ。
顔面真っ赤に鬱血しているのを見リャァ、そりゃあ恐ろしか
ったろうにて。
当時の人にとってすれば。

きっとその外人は乾癬だったんだろうと推測して不思議はな
い。
此の皮膚障害は大昔からあったのだよ。

禅の三祖もじつは乾癬だったというのだ。
その病について、ソレは脾臓の熱によると伝えられている。
しかし、昔は今の膵臓を脾臓と呼んでいたから混同しやす
い。
中国の古いお話しには、
赤面獣なにがしなんていう綽名の猛将がいたというのが、
見られるが、これもきっと乾癬だったに違いないと思えるの
だ。

古今東西乾癬という皮膚病は有ったのだ。
ソレが脾臓という内臓の問題だという事に言及しているらし
いと言うことも判ったのだ。

皮膚は内臓との関連は一切ないと言い切る医者が多いの
にはがっかりさせられる。
遺伝子治療で一発あてればノーベル賞だと意気込んでいる
のかな?

死なない病の乾癬
しかし心は死にそうに苦しいのだ。

何とか助けたい!
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